ツートライブたかのりの経歴・学歴は?人柄や家族構成も紹介!【THE SECOND優勝】
2025年、『THE SECOND〜漫才トーナメント〜』で見事優勝を果たしたお笑いコンビ「ツートライブ」。
ベテランから中堅芸人たちの“第二のチャンス”を懸けたこの大会で、勢いそのままに頂点へと駆け上がった姿は、多くの視聴者の記憶に残っています。
そんな中で注目が集まっているのが、ツッコミ担当・たかのりさんの人物像。
「広島出身って本当?」「大学は?芸人になる前はどんな人だったの?」「家族は?性格は?」
多くの人が検索しているのは、ステージの上だけでは見えない“人間・たかのり”の素顔です。
本記事では、たかのりさん(本名:井上尊教)の学歴・経歴・芸人としての歩みはもちろん、人柄や家族構成などプライベートな一面まで、信頼性のある情報をもとに徹底解説していきます。
「ただのおもしろい人」では終わらない、努力と人間味にあふれたたかのりさんの魅力を、一緒に探っていきましょう。
落ち着いた語り口と、舞台でも私生活でも変わらない柔らかな印象——。
ツートライブのたかのりさんは、「芸人らしからぬ落ち着き」が魅力のひとつです。ここでは、そんな彼の基本情報をわかりやすく整理していきます。
たかのりさんは、テレビでよく見る“勢い”や“ガツガツした感じ”とは少し違うタイプの芸人です。
どちらかというと、冷静で言葉のチョイスが丁寧。だからこそ、彼の漫才はじわじわと面白くなってくる“後味のある笑い”を生み出します。
そんな彼の人柄がどこから来ているのか、まずはプロフィールから見ていきましょう。
ツートライブたかのりのプロフィール
本名・年齢・出身地は?
たかのりさんの本名は井上 尊教(いのうえ たかのり)。
1984年4月11日生まれの**41歳(2025年現在)**です。
出身は広島県尾道市。
穏やかな気候と美しい海、古き良き町並みで知られる尾道は、人との距離が近く、温かい人間関係が築かれる地域でもあります。
そんな土地で育ったたかのりさんは、子どもの頃から「穏やかで落ち着いた子」として周囲から愛されていたそうです。
地元での愛着も強く、以前出演していたテレビ新広島の番組『TSSライク!』では、地元広島をテーマにしたコーナーも担当していました。
身長・体重・その他スペック
たかのりさんの身長は177cm、体重は61kg。
舞台ではスーツスタイルで立つことが多く、そのスラッとした立ち姿は目を引きます。
血液型は公表されていませんが、芸人仲間やファンの間では「几帳面で真面目」「優しすぎる」といった印象を持たれることが多く、A型的な気質とも一致します。
また、彼には「えてこまし」という持ちギャグがあり、これは自身の子どもをあやすときにも使っているとか。
芸人としてのキャラと、家庭人としての自然体な一面が混ざったような、なんともほっこりするエピソードです。
コンビ名の由来とツートライブ結成の経緯
現在のコンビ名「ツートライブ」は、彼と相方・周平魂さんそれぞれのルーツに由来します。
たかのりさんが「自分の先祖は海賊だったらしい」と話したことを受けて、周平魂さんが「じゃあ俺の先祖は山賊や」と返し、「2つの部族(tribes)」が交わったコンビ=ツートライブと命名されたそうです。
2人は兵庫県立大学の同級生で、大学時代からの仲。
卒業後にNSC(吉本総合芸能学院)大阪校に30期生として入学し、2008年に正式に「ツートライブ」を結成しました。
初期のコンビ名は「ハッピーエンド」。
大学2年のときにM-1グランプリへ初出場し2回戦進出を果たした経験が、「本気でお笑いやろう」という決断に火をつけたと語っています。
ツートライブたかのりの学歴
たかのりさんの知的で安定感のある語り口や、漫才における的確なツッコミには、学生時代の経験や学びが活きているように感じられます。
ここでは、地元・広島での学生生活から、大学進学、そしてお笑いの道へと進むまでの経緯をたどっていきます。
学生時代のたかのりさんは、舞台で見せるクールなイメージとは少し違い、仲の良い友人たちの間ではおどけた一面も見せていたようです。
それが「お笑い」に繋がっていく最初の芽だったのかもしれません。
小中学校時代
具体的な校名は公表されていませんが、広島県尾道市内の公立小中学校に通っていたとされています。
幼少期から地元の人たちに可愛がられ、自然豊かな環境でのびのびと育ったたかのりさんは、人前に出ることも得意だったそうです。
「人を笑わせるのが好きだった」という本人の言葉どおり、小学生のころにはすでにクラスのムードメーカー的存在。
中学生になっても友達の前でコントを披露するなど、芸人の片鱗をすでに見せていたようです。
地域の夏祭りや行事にもよく顔を出し、「いつもニコニコしてた」「声が大きくて通る」といった評判もあったとか。
地元に根差した“人との距離感”が、今の柔らかなツッコミに影響を与えているのかもしれません。
高校時代
高校名については正式に明かされていませんが、広島県内または近隣地域の進学先と考えられます。
高校生活では、クラスの中心というよりは仲の良いグループで静かに盛り上がるタイプで、「外には出さないけど、めちゃくちゃ笑いにうるさい奴」だったと語る知人もいます。
文化祭では漫才やコントを披露した経験もあり、その時のウケが大きな自信に繋がったとのこと。
「人に見られるのが快感だと気づいた瞬間だった」と本人が振り返っていたエピソードも印象的です。
また、学校生活と並行してテレビでお笑い番組を研究し、自分なりに分析していた時期でもあります。
この頃から「ネタの構成」や「間の取り方」への興味が強く、お笑いに対してすでにプロ目線の感覚を持っていたようです。
大学は兵庫県立大学
高校卒業後、たかのりさんは兵庫県にある兵庫県立大学に進学しました。
ここで現在の相方・周平魂さん(池田周平さん)と出会います。
学部や専攻は明かされていませんが、大学生活では勉強以上に「お笑いの感性を育てた時間だった」と話しており、同じ空気感を持つ周平魂さんとの出会いが大きな転機となります。
大学2年のとき、ふたりでM-1グランプリに出場(当時のコンビ名はハッピーエンド)。
2回戦まで進出したこの経験が「本気で芸人を目指す」きっかけになったと語られています。
「周平が“いきり漫才”をやりだして、俺がツッコむっていう今のスタイルは、大学時代にできてた気がする」と後のインタビューで語っており、学生時代が今のツートライブの原型を形づくる期間だったことは間違いありません。
大学卒業後はそのままNSC大阪校(吉本総合芸能学院)に進学し、芸人としてのキャリアが本格的にスタートします。
芸人としての経歴とTHE SECOND優勝の軌跡
たかのりさんが芸人として本格的に歩み出したのは、大学卒業後にNSC(吉本総合芸能学院)へ入学したタイミングからです
そこから約17年にわたる活動を経て、2025年『THE SECOND〜漫才トーナメント〜』での優勝という大きな節目を迎えるまでの道のりは、決して平坦ではありませんでした
一発屋や瞬間的なブレイクではなく、着実に評価を積み重ねてきたそのキャリアには、長年応援してきたファンも大きな感動を覚えたはずです
芸人を目指したきっかけとは?
兵庫県立大学で出会った相方・周平魂さんと「面白いことがしたい」と意気投合したことが、コンビ結成のきっかけでした
大学2年生のときに「ハッピーエンド」という名前でM-1グランプリに初出場し、2回戦まで進出します
この経験が、2人の中に「お笑いで勝負できるかもしれない」というリアルな手応えを与えました
当時のことを振り返って、たかのりさんは「ステージに立つのが怖くなくなった瞬間だった」と話しています
ただ、当時はまだ“趣味の延長”に過ぎず、そこから「プロの芸人として食べていく」と決意するには、もう少し時間が必要でした
NSC時代と同期芸人
大学卒業後、2人はNSC大阪校30期生として入学
芸人としての本格的な修行が始まります
NSCでは成績上位者のみが所属できる「Aクラス」に入り、講師陣や同期の中でも早くから頭角を現しました
この期はレベルが非常に高く、同期にはアイロンヘッド、バンビーノ、尼神インター、ダブルアート、令和喜多みな実など実力派がズラリと揃っていました
ネタ見せでは講師から「構成がしっかりしている」「丁寧な作り方をしている」と評価されることが多く、特にたかのりさんのツッコミの安定感は早い段階から高く評価されていたようです
コンビ活動初期の苦労と成長
2008年4月に正式に「ツートライブ」として活動を開始
最初のうちは劇場のキャンセル待ち出演や、地方営業の端役ばかりの時代が続きます
バイトとの掛け持ち生活の中で、ネタ作りと舞台を両立させる毎日
「ウケない日も、客が2人しかいない日もあった」と語るように、目立たない時代は10年以上にもわたりました
ただ、少しずつではあるものの評価は着実に積み上がっていき、2019年以降は上方漫才協会大賞の文芸部門賞を4年連続で受賞
劇場芸人としての実力を裏付ける勲章を積み重ねていきました
舞台経験の積み重ねによって、2人の間に強固な“空気の読み合い”が生まれたことも、現在のスタイルに深みを与えています
THE SECOND優勝までの道のり
2025年『THE SECOND〜漫才トーナメント〜』にて、ツートライブは初出場ながら決勝へ進出
1回戦では大会史上最高得点となる「295点」を記録し、注目を集めます
準決勝ではりけ~んずを、決勝では囲碁将棋という実力派コンビを破っての優勝
全国ネットでの初優勝という快挙は、お笑いファンだけでなく業界関係者からも大きな拍手で迎えられました
大会後のインタビューでたかのりさんは、「自分たちの笑いが届いたのが、ただ嬉しかった」と語っており、過去の努力と地道な積み重ねが報われた瞬間だったことが伝わってきます
テレビの世界ではまだ“発展途上”かもしれませんが、ツートライブの魅力がより広く認知されたのは間違いなく、この優勝があったからこそです
たかのりの人柄や性格がわかるエピソード
ツートライブのたかのりさんといえば、漫才では的確なツッコミを放つクールな印象がありますが、舞台を降りると非常に穏やかで人当たりの良い性格が周囲からも高く評価されています
テレビや舞台上ではあまり多くを語らないタイプの彼ですが、実は優しさや責任感、そして細やかな気配りに溢れた人物です
ここでは、彼の性格や人柄が伝わるエピソードを中心にご紹介していきます
優しさと気配りに定評あり
たかのりさんを知る芸人仲間やスタッフの間では、「優しすぎる」と形容されることが少なくありません
後輩芸人からの相談に耳を傾けたり、出番直前に緊張している若手にさりげなく声をかけるなど、自然と周囲に安心感を与える存在です
ある若手芸人は、「ライブで大スベリして落ち込んでいたとき、何も言わずに横に座ってくれたのがたかのりさんだった」と語っており、その距離の取り方や思いやりの深さが印象に残っています
また、スタッフ受けも非常に良く、収録現場では準備がスムーズにいくようにさりげなく動いてくれることもあるそうです
華やかな芸人の中にあって、彼のような“縁の下の力持ち”的な存在はとても貴重です
芸人仲間からの信頼も厚い
相方・周平魂さんとのコンビ歴はすでに17年以上
その間に大きなケンカも何度かあったそうですが、たかのりさんは「相方がどういう人間かをよく理解しているからこそ、言葉を選べる」と話しています
実際、ツートライブの漫才を見ていると、たかのりさんのツッコミには“相方のキャラを最大限に活かす”配慮が感じられます
ただ怒ったり、論破するのではなく、「周平魂がどう見えているか」を冷静に処理する視点が常にあるのです
こうした信頼関係があるからこそ、THE SECOND優勝時にも「2人でやってきたことが報われた」と真っ先に口にしたのが印象的でした
私生活では家庭的な一面も
たかのりさんは2019年に結婚しており、2021年には第一子(男児)も誕生しています
プライベートについては多くを語らない主義ですが、自身のギャグ「えてこまし」で息子をあやしているエピソードなどから、家庭内でもユーモラスで優しい父親像がうかがえます
周囲からは「子育てが似合う」「理想の旦那さん」と言われることもあり、その柔らかい物腰と穏やかな空気感は家庭でも健在のようです
また、家庭を持ってからの芸風の変化について「焦らなくなった」と語っており、自分のペースで芸人としての道を歩けている安心感がにじみ出ています
家族構成と実家について
たかのりさんの穏やかで人に寄り添う性格は、彼の育った家庭環境や家族との関係性とも深く結びついているようです
ここでは、たかのりさんの家族構成や実家のエピソードを中心に、彼のルーツを掘り下げていきます
家族を大切にする姿勢は、言葉の端々や表に出ない行動からも見て取れるポイントです
彼の魅力が“自然体”である理由は、この家庭環境にあるのかもしれません
両親や兄弟との関係
たかのりさんは、広島県尾道市で生まれ育ちました
具体的な兄弟構成などは公表されていませんが、地元でのびのびと育ったこと、家族と過ごす時間を大切にしていたことがわかっています
以前、地元番組で尾道を訪れた際には、懐かしい景色や思い出の場所を笑顔で紹介していたのが印象的でした
幼少期から人懐っこく、近所の人々にも愛される存在だったそうで、地元の行事や学校のイベントでも常に前に出ていたとのこと
家族との会話の中で「いつかは舞台に立ちたい」と口にしていた時期もあり、彼の夢を温かく見守る空気があったようです
また、芸人として活動を始めた当初も、両親は一切反対せず「やりたいなら、やってみなさい」と背中を押してくれたというエピソードが残っています
その支えが、彼の粘り強さや折れない心につながっているのかもしれません
実家のエピソードと地元とのつながり
尾道市は、坂道と海、古い町並みが特徴の観光地としても知られる場所です
たかのりさんはそんな環境の中で、地元の友人たちと活発に遊びながら育ちました
彼のトークでは「中学生のころに近所の床屋さんで将来の夢を聞かれて、“芸人になりたい”と答えたら笑われた」といった微笑ましいエピソードも語られており、子どもの頃からお笑いの道を真剣に考えていた様子が伝わってきます
現在も、地元とのつながりを大切にしていて、尾道や広島に関連する仕事やイベントには積極的に参加しています
過去にはテレビ新広島の情報番組『TSSライク!』のリポーターとしても活躍し、広島県民にとっては“地元のスター”的な存在でもあります
テレビの中だけでなく、実際の地元活動にも関わっていることから、彼の人柄と誠実さがよりリアルに伝わってくる部分です
これからの活動と今後の展望
2025年『THE SECOND』優勝という大きな成果を手にしたツートライブにとって、たかのりさんの今後はまさに“第二のステージ”の幕開けといえます
これまで劇場を中心にじっくりと積み上げてきたキャリアに、いまテレビ・ラジオ・配信といった新しいチャンスが次々と訪れています
そんな中で、たかのりさんが今後どういった活動を目指しているのか、また、ファンや視聴者に何を届けていこうとしているのかに注目が集まっています
今後やってみたいこととは?
たかのりさん自身は、バラエティやトーク番組に対して「自分のペースで発言できる場がありがたい」と話しており、決して前に出すぎず、的確に笑いを取るタイプの芸風が多くの番組にマッチしています
また、YouTubeやSNSといった新しい発信媒体にも意欲を見せており、「ネタを届ける場所が増えるのは単純に楽しい」と語っています
将来的には、若手芸人の育成にも関わりたいという意向を持っているようで、「自分がNSCでもらったような“学びの場”を誰かに返したい」というコメントを残しているのが印象的です
ネタだけでなく、お笑いの“作り方”や“考え方”を伝えることに興味を持っている点は、真面目で丁寧な彼らしさが出ている部分でもあります
ファンに向けたメッセージ
2025年のTHE SECOND優勝後、たかのりさんはこう語っています
「本気でやってきてよかった。今、やっと人に見てもらえる場所に立てた気がします」
この言葉には、長年の下積みや地道な努力、そして何より“信じてくれた人たちへの感謝”が詰まっています
今後の活動の中で、彼はきっと“自分たちのペース”を大切にしながら、見る人の心に残る笑いを届けてくれるはずです
地元・尾道への想いを忘れずに、そして家庭を支えにしながら、ツートライブ・たかのりさんは今後さらに深みを増した存在になっていくでしょう
まとめ:ツートライブたかのりという人物の“今”と“これから”
今回の記事では、THE SECOND優勝で一気に注目を集めたツートライブ・たかのりさんについて、以下のような内容をお届けしました
- 広島県尾道市出身で、穏やかな性格と地元愛にあふれた人物であること
- 兵庫県立大学出身で、学生時代に相方・周平魂さんと出会ったこと
- NSC大阪校30期生としてデビューし、17年間の地道な活動を経てようやく開花したこと
- 家族や地元との関係を大切にしながら、人との縁を丁寧に育ててきたこと
- 今後はテレビ・配信・育成など、活動の幅を広げていこうとしていること
どのエピソードにも共通していたのは、派手さよりも「丁寧さ」と「芯の強さ」
それが彼の漫才スタイルにも、人付き合いにも、人生の歩みにも通じているように感じられました
THE SECOND優勝という節目を越えた今、たかのりさんはようやく自分を“表に出せるタイミング”を迎えています
彼の笑いには、長く付き合いたくなる安心感があります
きっとこれから、もっと多くの人にその魅力が届いていくことでしょう
興味を持った方は、ぜひツートライブの舞台や配信番組をチェックしてみてください
テレビだけでは見えないたかのりさんの“本当の面白さ”が、そこに詰まっています